東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2428号 判決 1968年2月05日
控訴人、被附帯控訴人 大日本競走馬生産株式会社
右訴訟代理人弁護士 朝山豊三
被控訴人、附帯控訴人 高橋堅二
右訴訟代理人弁護士 梅沢秀二
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
被控訴人の請求竝附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審(附帯控訴を含む)とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実
控訴人竝被附帯控訴人(以下控訴人と称す)代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人竝附帯控訴人(以下被控訴人と称す)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、原判決中主文第二項を取消す、被附帯控訴人は附帯控訴人に対し金百万円及びこれに対する昭和四十年十月十二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被附帯控訴人の負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張竝に証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において、控訴会社の元社員であった訴外加藤淳は本件手形振出日の昭和四十年四月二十日当時既に退社(退社の日は同年三月末日)していたからその振出につき控訴会社がその使用者として民法第七百十五条による責任を負うべき理由はないと述べ、被控訴代理人において、控訴人の右主張に対し、本件手形は右加藤が控訴会社の社員たりし当時の昭和四十年三月以前に作成したものであることは明白であり、仮に右手形を訴外長棟に交付した当時退社していたとしても、退社後も依然控訴会社及び小河内観光株式会社の事務に携わっていたのであって、その作成と交付とを一連の行為として捉えてみれば、控訴会社の被用者である加藤の不法行為として責任を問うことに疑問の余地はないと附演したほか原判決事実摘示と同一であるからここに右記載を引用する。
理由
被控訴人が現にその主張の手形所持人であることは当事者間に争いがない。而して右手形は控訴会社の代表者自身が作成交付したものではなく、訴外加藤淳が手形用紙に手形用件を記入し右代表者の記名捺印を代行する方法で作成したものであることは被控訴人の自陳し控訴人もこれを認めるので、これが振出され被控訴人の所持するに至るまでの経緯についてみるに、<証拠省略>を総合すると、訴外加藤淳は昭和三十八年四月控訴会社に入社し昭和四十年三月末日退職するまで総務部長として営業面及び一般事務を担当し、他方昭和三十九年九月頃同会社代表取締役田島将光が訴外小河内観光開発株式会社の代表取締役に就任後は、その会社の取締役を兼任しその経理面を担当することとなったが訴外会社の多額の負債の処理に苦慮した結果、控訴会社振出名義の手形によって他から割引を受けこれが資金の調達を企て、右代表者田島の諒解を得ないで額面金百万円の控訴会社振出人名義の手形一通を作成し、これを訴外長棟至元を介し金融業小島商事(小島善太郎)に振出し割引金八十九万円位の交付を受けて訴外会社の債務処理の資金に振向けたこと、その後加藤は一度右手形の書替をしたが、右小島に対する手形債務の返済をする必要上昭和四十年四月二十四日にその頃前同様ほしいままに作成された本件手形の裏面に自己を第一裏書人として訴外長棟を介して被控訴人に譲渡し、同人より右手形金額に相当する金百万円の融資を受けて右小島の債務の支払に充てたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
以上の認定事実によれば訴外加藤淳は控訴会社のため手形の振出の代行をなす権限を有していなかったことは明白であり、かつ控訴会社が第三者に対し手形振出の代理権限を右加藤に与えている旨を暗黙にも表示したものと解し得る事実を認め得る証拠もない。仮に被控訴人主張の如く本件手形が正当な権限に基づいて振出されたものと被控訴人において信じたとしても、右のとおり偽造された手形であるから控訴会社において手形上の責任を負うべき理由はないから被控訴人の第一次的請求は失当である。
次に第二次的請求について判断するに、一般に手形の偽造が会社の使用人の業務の執行について行われた場合には民法第七百十五条の使用者の責任を生ずることもあるが、本件手形は、訴外加藤が控訴会社を退職後に偽造したものであること前記のとおり明白であるから右加藤の手形振出行為を控訴会社の事業の執行につきなしたものとなすを得ない。被控訴人は、右加藤の退社以前に本件手形が作成されたものである以上退社後に交付されたとしてもこれにより控訴会社は使用者としての責を負うべきである旨主張する。しかしながら本件手形の振出日(流通に置いた日)が右加藤の退社後の昭和四十年四月二十四日であること明白であり右振出日に先立ち本件手形が加藤の在職中である同年三月以前に偽造されていたというが如き特段の事情を認め得る証拠のない本件では在職中の偽造であることを前提とする被控訴人の右主張は理由がないのみならず、右振出(流通に置いたこと)当時、被控訴会社の被用者ではないのであるから、右手形振出が、在職中の偽造手形関係の跡始末としてなされたとしても、最早、被控訴会社の業務の執行に関してなされたものと観念することはできない。よって被控訴人が控訴会社に対し訴外加藤の使用者として本件手形の振出によって蒙った損害の賠償を求める第二次的請求も失当である。
以上のとおりであるから原判決中被控訴人の第一次請求を棄却した部分は相当で本件附帯控訴は理由がなく民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却すべきであるが、被控訴人の第二次的請求を認容した部分は不当であるから同法第三百八十六条によりこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、<以下省略>。
(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 石田哲一 加藤隆司)